勾玉日記

黒川 和嗣のブログです。

“ワクチン接種効率のアーキテクトを考える3つの柱”

 黒川 和嗣(くろかわ かづし)です。都市部の緊急事態宣言の延長につづき、地方での宣言及び蔓延防止措置が決定されました。これは去年の4月に都市部を閉鎖した結果、地方に感染が広がる現象と似ているようで結局のところ、やはり根本的な医療体制の拡充がなされない限り何度でも繰り返されてしまうということでしょう。特に医療体制も整えない状態で事実上、一類感染症より強い“指定感染症”となっていることは、医療逼迫のネックとなったままです。

 

 ただ、緊急事態宣言関連の議論はこれ以上行っても堂々巡りで、前回指摘した内容でおおよその問題点は網羅されていると思います(アンコントローラブルに陥る今「緊急事態宣言の本質を問う」)。政府としても支持率や支持組織など“政治的理由”によっていま以上の対策や改革を打ち出すことができない状態でしょう。それに元々、緊急事態宣言による人流抑制はワクチンや治療薬が普及するまでの一時処置ですので、ワクチンが流通した段階で、人流抑制から既に“ワクチン接種のアーキテクト”を議論するフェーズに移行しています。この段階では緊急事態宣言の内容や人流抑制の議論、感染者数よりワクチン摂取率の生産性向上が注視すべきテーマとなります。

 

 それに伴い今後は、“なに県でなん人が接種した” “どのようなトラブルがあった” など、感染者数に変わって接種数と自治体の能力評価をメディア行い、接種が順調に進む自治体をもてはやし粗探しと接種競争の様相を呈するでしょう。しかし、そのようなミクロ的なトラブルや個別のスピードなどはまたしても本質を見失うこととなります。

 

 本日はワクチン接種のアーキテクトを考える上で必要な前提要素を軸に、接種スピードがもたらす成長戦略への影響を考察します。

 

■ワクチン接種のアーキテクト

 ワクチン接種の議論を進める上で重要なポイントは、“持っている制約”“ゴール設定”  “リスク算定”を共有することです。まず、“持っている制約”とは人材不足です。日本では医師会や法的な問題で迅速な人材確保が行えないため、“少ないリソースで効果を最大化すること”を前提条件として議論や戦略を構築する必要があります。もちろん、自衛隊や歯科医師など政府も可能な限りの動員を考えていますし、医師への報酬を積み上げる形での確保も地方自治体では始まっています。このような根本的に人材不足を補う努力は続けることとなりますが、今までの感染症対策をみていてもドラスティックな改革には至らないと思われるので、“人材は少ない”という制約が大前提となります。

 

 次にゴール設定ですが、簡潔に表すと“日本全体で集団免疫を獲得して医療の逼迫を抑制する”ことです。文字にしてみると当たり前ですが、ここで注意してほしいことは、ワクチン接種率が高ければ良いわけでも、各自治体ごとで接種率を競うことでもないということです。詳しくは後述しますが、医療の逼迫を抑えるには、逼迫度が高い地域から優先して接種が必要でしょうし、さらには高リスクであり尚且つ社会に欠かせない産業が優先されこととなります。なので、今の日本が行っているような公平平等に、全ての自治体にリソースを分配し、接種を始めるのではなく有事対応として取捨選択を行う必要があります。このゴール設定が共有されていなければ、一部地方の接種率で一喜一憂したり、少ないリソースの分散によって日本全体の接種速度を遅らせてしまうことになります。

 

 最後にリスク算定ですが、現状の感染経路を鑑みた時にどの経路を防ぐことが効率的に感染抑制を行えるのかを分析することです。このリスク層に含まれるのは医療従事者は当然として介護施設と大都市圏の3点です。介護施設はまさに高リスク者のセグメントでありながら医療現場より感染対策は脆弱で、ファクトとしても第4波の被害が顕著に表れている層です。海外でも介護施設には先行してワクチン接種が提供されていますし、ここを予防することが医療への負担軽減や死亡者数の減少に直接的な影響を与えるでしょう。

 

 また大都市圏への優先接種ですが、こちらは今回の地方への感染拡大を鑑みても必要性は高いと思われます。去年も同様でしたが、都市部の閉鎖は地方への拡散につながる傾向があり、密集する都市で感染が醸造され地方へ拡散するという構造を断ち切る必要があります。つまり感染経路、医療の逼迫率、経済規模の側面からまずは都市部を押さえ込む戦略が日本全体の負担軽減につながる効果的な戦略となります。

 

 この“持っている制約”と“ゴール設定”、“リスク算定”を軸に、中央と地方の連携、地方自治体の広域連合としての連携、リソースの一極集中、そしてあまり希望はありませんが人材規制の緩和を行えるかがワクチン接種のアーキテクトを議論する上での本質的テーマです。

 

■接種の遅れがもたらす余震

 ワクチン接種のアーキテクトに加え意識しておきたいテーマは、ワクチン接種が単なる予防接種の枠組みではなく感染症対策全般に続き “国際的プレゼンスに関わる問題” である点でしょう。この問題はどの国にとっても“当たり前”ではありますが、日本にとってはより一層クリティカルなテーマでもあります。

 

 例えば今回の感染症では世界的に雇用や所得が減少傾向にありますが、日本はさらに補償額が事業規模にそぐわず、支給も滞っている状態にあり、元々懸念されていた景気後退や出生率が悪化しています。他方で、デジタル技術の実装や宇宙産業、グリーンエネルギー開発、軍事的安全保障で他国より大きく遅れをとっている状態なので、将来的な巨額投資が必要な時代を迎えるにあたり大きな足枷となってしまいます。

 

 まだこれが全世界的であればいいのですがご存知の通り、米中英は先んじて進んでいます。これによって、米中は言わずもがなですが、ブレグジットを行なった英国もグリーン産業に於いて優位性はあり、軍事力を含め東アジア周辺諸国へのプレゼンスを高めることとなります。日本では原発にも根強い反対が存在する中で、電力消費の高いDXを推進する必要に迫られつつ同時に、脱炭素へ向けて再エネ投資を加速させながら後方では、中国と北朝鮮への対策として軍事整備を行いサプライチェーンの見直しをしなければならない状態です。

 

 国内の災害、教育、少子高齢化、社会保障など感染症以前のテーマを踏まえると、“ワクチン接種の遅れ”が将来的に国民生活を脅かす大きな余震になる可能性はあるでしょう。無闇に恐怖扇動を行うつもりはありませんが、リスクを正しく見積もることが重要だということです。またこれらは決して、遠い外交の話しではなく、感染症が落ち着き再び門戸が開けば個人の生活に直結するテーマとなります。

 

 もちろん私が危惧せずとも、日本も世界も紆余曲折を経ながら成長曲線には向かうでしょう。その中で生き残る人、失われる人がいることは市場原理として健全です。しかし、今回の対策で見受けられるような無自覚の悪平等意識によって、不用意な損失を被ることは国家としても、産業としても、個人としても最小限に抑えることが望ましいものです。少なくとも一人でも多くの方と課題を共有することは課題解決へと近づくと考えています。




 本日はここまでです。世間では抜け駆け接種問題や感染症対策関係者による会合、生活必需品外の産業自粛、オリンピック反対論など、ミクロの事象で“平等であること”が強く意識されています。ただそれは本当に必要な平等なのか、それとも感情論として合理性や戦略のない“平等”なのか、準戦時下において懸念すべきテーマなのかは問わなければならないでしょう。以前の記事でも書いたように、政治の世界を含め世の中では取捨選択 “Trade-off”で成り立っており、特に緊急事態においてはリソースや権限を一極集中することで将来的な豊かさを守り、国民全員が恩恵を享受するものです。

 

 悪平等意識を捨て、足の引っ張り合いを止めること。有事であるからこそ、感情的価値観を離れて相互補助関係を社会全体で意識する必要があるのではないでしょうか。

 

 

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