勾玉日記

黒川 和嗣のブログです。

“アンコントローラブルに陥る今「緊急事態宣言の本質を問う」”

 黒川 和嗣(くろかわ かづし)です。先日3度目の緊急事態宣言が発令され、SNSをはじめメディアでは多方面での論争が巻き起こっています。1つ目は、発表から発令までの期間に余裕がないこと。これによって、多くの企業はすでに費用が発生している案件のキャンセルを行ったり、在庫の廃棄をともなう予定外の売り上げ激減に見舞われています。この予定外の売り上げ激減は通常の事前休業とは違い、各種契約先との調整やお客様対応、宣伝広告費の赤字化など見えにくいコストを内包しています。2つ目は、今までの緊急事態宣言より広範囲にわたる業種の規制を行っていることに対して、基準の曖昧さと効果の有効性に問題を感じていることについてです。国も地方も責任や権限の所在が曖昧であるがゆえに、安全側に過剰に舵をきる傾向にあります。特に東京都ではその傾向が顕著で、国の要請以上の規制をかけようとして混乱を招いてしまっています。

 

 そして3点目、こちらは本質的な論点ですが、緊急事態宣言で国民負担を強いる前に医療リソースの拡充を行う必要があるという指摘です。私も全くの同意見で、必ず感染のリバウンドは発生しますし、ウィルスの特性からすると感染力が強くなるものなので、医療環境を改善しなければ何度でも緊急事態宣言は発令し続ける必要に迫られます。そして、せめても状況を改善するにはワクチンの普及が鍵だったのですが、日本の100人あたりの接種完了人数は4/23現在で0.67人(英16.23人、米国26.63人)とほとんど進んでない状態にあります。もちろん、最善の努力はなされているでしょうし、他国と比較して遅いことをあげつらっても意味がありません。しかし、その内情が医療側による国家介入の慎重論や規制を遵守する平時対応の結果であるにもかかわらず、国民には“準戦時下”としての犠牲を迫ることに疑念が生じてしまいます。

 

 医学的には変異株対策として、政治的にはその先にあるGW対策とKPIであるオリンピックへ向けた布石として、以前の“感染リスクを集中的に抑え込む”という対策から、“人流を止める”ことを目的とした対策に変更していますが、対策の強さと比例して先の通り政策への疑念と生活ストレスの高まりをともない、国民の中では感情的な強い反発を招いてしまっています。

 

 私自身も正直に申し上げると強い憤りを感じているのですが、とはいえ感情的な批判と論争では線引きが重要ですし、何より“命のためには仕方がない”といったような日本的情緒性で終わらせないためにも、本日は感染症対策と緊急事態宣言にある本質について、整理しておきたいと思います。

 

【緊急事態宣言関連記事】

・20/03/18投稿 "COVID-19 国民感情が引き起こす作用 "
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・20/05/02投稿 ”自粛という延長と延命の狭間「国民感情が引き起こす作用」”
・21/02/02投稿 “緊急事態宣言の先に「本質への回帰」”
・21/03/15投稿 “エモーショナライゼーションされる日本「ニヒル的諦めの中で」”  

 

 

■感染症対策の本質は “習性と欲求と副作用”

 先の菅首相の会見や人流を止める対策を軸としている点から、今回の緊急事態宣言が感染力の高い変異株の押さえ込みにもとづく指針であることは伺えるでしょう。つまり、“変異株によって陽性者が増えると高リスク者層への感染リスクも高まり重症者も増加する、なので陽性者の増加を止めることが重要である”というロジックに基づいています。

 

 もちろん、これは感染症対策では“理想的”な条件であり、陽性者数の押さえ込みができるのであれば財政としても社会的副作用の低さとしても優れています。なので、中国では初期の段階で強烈な封鎖と強制的な監視システムの導入を行っています。ただ、ここで考慮しなければならないポイントは独裁国家の強権力とスピードがなければ陽性者の押さえ込みは“現実的”でないことです。

 

 例えば、問題とされている変異株でも、ウィルスは元来より生物として多くの媒体(動物)に寄生(感染)することを目的に進化を続けるもので、今回の感染症も遅かれ早かれ時間経過とともに感染力の強い変異株が発生するリスクを孕んでいましたし、今後も同様の事例は起こりうるものです。また、どれほどニューノーマルと謳って長期的な閉鎖活動を迫っても、人間らしく生きたい本能と数万年続けてきた人類の慣習に全ての人が抗うことは不可能に近く、前述のような理想的押さえ込み対策を行なったとしても成立しないことを前提とする必要があります。これは行政組織での宴会がいい例で、本来なら彼らを責めるのではなく、銀座の梯子や宴会の事例があった段階で“完全な封じ込めは非常に困難である”ことを認識する必要がありました。

 

 そして感染症の致死率や被害層の範囲を踏まえた上で、感染症による被害と封鎖処置を行なった場合の被害を比較した場合、(今すぐではなく将来的な)副作用が高くなるのはどちらかという視点も当然ながら必要となってくるでしょう。

 

 つまり、ウィルスとしての習性、人間生活のコントロールの難しさ、人間として生きる習性と欲求、被害と対策の副作用を鑑みると、人流の押さえ込みに依存する対策は“現実的”ではありません。なにより、人の命を守ることの本質が人間らしい生活を守ることであれば、閉鎖的な生活を強いる制御を目的とすることは本末転倒のように思います。



■緊急事態宣言の本質は “聖域なき国家介入”

 では、人流の完全な押さえ込みが不可能に近いとすると、結局のところは医療リソースの拡充を目指す議論となります。詳細は他でも論じられているので割愛しますが、本質的問題は国民には準戦時下である緊急事態宣言として私権制限を行っていることに対し、医療制度にはお願いベースの要請しかできないことにあります。

 

 以前から繰り返し指摘しているように、日本の有事体制は“平時の枠組み”を前提とし行なっているため、国家と地方の統治体制も情報発信の整合性も国民への介入も後手に回ってしまう傾向にあります。平時であれば、この日本的な曖昧さも外交や内政で強みともなりますが、権力集中と柔軟な規制改革、迅速な決定が必要な有事では機能しなくなります。そして、緊急事態宣言が有事(準戦時下)である以上、医師会を含めて要請を求めるのであれば、国家介入や私権制限が発生するコストやリスクを背負う前提がなければなりません。もちろん、医療制度への国家介入も例外ではないでしょう。

 

 特に地方と国の連携では有事機能のなさを露呈しています。医師や看護師の確保などに必要な財源の権限は国にありますが、病床の確保は自治体が担いますし、ワクチン接種の指示を国が出して会場や医療スタッフの確保は自治体が担うといった分業制となっています(4/24初めて国が運営する会場を設けることを決定したそうです)。こちらも平時であれば地方の規模や状況に応じて融通が効きくので機能するでしょうが、有事対応ともなれば広域な連携が求められるため、国を中心に権限を明確化して情報を一点に集める必要があります。具体的な指示がなかったためにワクチンを廃棄してしまった件でも問題が顕在化しています。

 

 また、有事対策は感染症に限らず安全保障と直結する分野なので、自治体へ権限を委ねるよりは国が直轄する統治体制であることが合理的です。これは海外のロックダウンとの比較でも同じことがいえます。日本では海外と比較して今よりも強いロックダウンを求める声がありますが、根本的な被害規模の差だけではなく、ワクチン接種における素人人材の導入や、治験の最小限化、異業種による簡易人工呼吸器の製造、イベント会場を用いた収容施設など国家が有事として“聖域なく”介入していますし、民間にもロックダウンに変わって給付金の金額、給付速度の速さ、中間業者を通さない海外版GoTo企画など、支援の質も大きく異なっています。

 

 この1年間、頻繁に緊急事態宣言という言葉を耳にしたと思います。医師会や野党、世論からも要請する声はありました。その主張の正しさや有効性の有無はここでは問いませんが、緊急事態宣言は“聖域なく国家に権限を集中させる準戦時下の宣言”である旨を承知し、その重みを噛み締めた上で “要請” をしなければなりません。

 

 感染症対策の目的も、緊急事態宣言の重みも、共有されずに各々が主義主張をぶつけても“本質的なボタンの掛け違い”をしている状態となってしまい、有意義な議論も有効な対策にも結びつかないでしょう。

 



 本日はここまでです。今回は、感染症対策の本質と緊急事態宣言の本質について再確認をしました。この前提が間違っていると本質の議論はできません。もちろん、議員の方でも医療関係者の方でも各所は全力で取り組んでくださっていると思います。ただ、制度の欠陥は差別や偏見、陰謀論とは分けて感情的にならないことを大切にしつつ明確にメッセージを届けることでしょう。不要不急は一部事業者にとっては排他的であること、そして社会生活を営む上で不要不急とは何を指すのか、それをいつまで続けることができるのか、本質に立ち返って、情緒性を捨てて議論や行動選択を行う必要があります。

 

 アンコントローラブルに陥りつつある感染症対策で、一度立ち止まってエビデンスやファクト以前の “本質” を共有することが今一番重要なテーマではないでしょうか。

 

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-参考・出典-
ワクチン接種、国が会場運営 自衛隊活用で1日1万人規模/日本経済新聞
・予防接種法とは コロナワクチン「臨時接種の特例」/日本経済新聞
・チャートで見るコロナワクチン世界の接種状況は/日本経済新聞