勾玉日記

黒川 和嗣のブログです。

“緊急事態宣言を未来に繋ぐ議論”

 黒川 和嗣(くろかわ かづし)です。日本では緊急事態宣言が発令され、宣言の実効性やワクチンの時期、オリンピック開催の是非などの議論が多方面で行われています。ただ、緊急事態宣言の課題は去年の記事(米国の暴動と緊急事態宣言が導く「変容する民主主義。」)で指摘しましたし、ワクチンやオリンピック問題もメディアや識者、政府が発表する以上の情報は特にないと考えています。何より有事とされる緊急事態宣言下で、宗教論争化したネット上の対立や銀座でのゴシップ話に辟易としていることが実情で、それらの時事ネタにあまり触れることはありません。

 

 それよりも本項では米国の分断問題についてもう少し掘り下げつつ、日本の緊急事態宣言を活かすための未来思考について、皆さんと考察を深めたいと考えています。

 

 今のネット上には玉石の“石”の言説ばかりが氾濫していますが、今回の緊急事態宣言によって今後も格差が広がり、SNS上では合理性や社会性の伴わない鬱憤がさらに拡散され、心の拠り所として陰謀論がささやかれ、経済的に困窮した人たちは情報商材に集まるのでしょうか。本来であればリベラルを標榜する野党が世論や労働者側の視点を政策に昇華してバランスを保つところですが、緊急事態宣言を要請しておきながら、持続性の低い補償を求め、更には科学的根拠もない“ゼロコロナ発言”まで行うのですから本質的な議論を牽引することは難しそうな状況にあります。

 

 本日は辟易とする論争とは距離を置いて、世界情勢を軸に緊急事態宣言の先にある本質を分解したいと思います。

 

■米国の分断が歩む道

 今更ではありますが、米国問題は日本の格差問題とも通奏低音では繋がっているテーマで、米国だけの問題や感情的な対中論ではない旨を理解しなければなりません。この視点を持っていると陰謀論争に執着せず、個人や社会全体の成長戦略に向けて糧とすることができる筈です。

 

 再三指摘してきた通り、バイデン氏とトランプ氏のどちらが対中政策に於いて日本の利益を守ってくれるのかといった議論や、短絡的な民主主義の崩壊説を煽ることに意味はありません。今、必要な議論は日米ともに格差や分断を社会保障の裾野を広げることで対応し、中国とは協調路線しかない現実を受け入れ、中国に国際社会の秩序を批准させるための戦略についてです。

 

 この点でバイデン政権は大規模な経済対策によって、応急処置程度の効果ではありますが加熱しすぎた分断の溜飲を下げる努力があるでしょう。ただ、リベラルな人権、環境、多様性を推進するバイデン政権が中長期的な分断解消を行うことは難しいことに変わりありません。しかし、これは民主党もバイデン氏もカマラハリス氏を副大統領にしていることを鑑みれば、次期大統領選挙での分断は織り込み済と考えている筈です。

 

 そもそも、分断の要因である一つは、技術革新がもたらした旧産業と新産業の隔たりなので、“完全なる解決”は殆ど不可能に近いものがあります。だとすれば次期大統領選挙を制するために、リベラル政策を加速させ、多様性のアイコンであるハリス氏が当選しやすい環境を整えることの方が民主党にとっては合理的でしょう。実際にバイデン氏自身は4年後82歳ですので、2期目の86歳まで続ける可能性は低いと思われます。

 

■米中情勢から導く本質回帰

 また、このリベラル路線は対中政策で唯一の落としどころとなる可能性があります。独裁国家として“China risk”が存在することには全ての国が同意するところでしょう。他方で、威勢よく中国排除論を唱えたとしても、中国が人口数第1位(約14億人)、GDP第2位、GFP(国別軍事力ランク Global Fire Power)第3位、国家面積第4位の大国でもあることも事実で更に、各国との経済的相互依存関係が構築されていることを鑑みれば理想論でしかありません。かといって、中国の民主化も夢の世界であることは香港問題や台湾への圧力で自明のものです。

 

 結局、中国とは協調する将来を前提として、必要最低限の国際秩序に批准させるしかありません。トランプ氏はそれを目標に経済圧力を行いましたが、西側諸国との連携まで乱してしまったので結果に繋げることが困難となってしまいました。バイデン政権はこの一部(安全保障)は踏襲しつつ、反トランプ色を強めるためにリベラル政策での圧力を行うでしょうし、その方向性の方が西洋諸国のコンセンサスも得やすく実現性は高いように思います。

 

 但し、ここには長年の問題としてジレンマが存在します。それは、西側諸国がどれだけ人権や環境、多様性を規制したとしても中国が批准するとは限らず、結果的に西側諸国の経済発展を阻害し、規制に従わない中国だけが発展するというこれまで通りのシナリオです。

 

 このジレンマ解決には、西側諸国の連携は当然として、発展途上国にも目を向ける(リソースを振り分ける)必要があります。特に中国が未だに開発途上国とされている点もですが、G77(Group 77 / 開発途上国77カ国によるグループ)の主導的支援国として“G77+China”とされている点も踏まえると、開発途上国の取扱や関わり合いが対中政策の要となることが伺えます。しかし、他国にリソースを振り分けるには国内問題(格差や発展)の解消が重要ですので、前述のように情報産業を中心とする社会保障の再分配や規制改革が第一課題として存在することとなります。

 

 つまり西洋諸国と、情報産業規制、リベラル政策、安全保障でコンセンサスを強化しながら、自国内の格差や高齢化に向けたミクロな社会課題を是正し、開発途上国を含む多国間連携を構築する未来がリアリズム的帰結ではないでしょうか。先進国とはいえ、日本を含む各国が課題を内包している現状では、少ないリソースを活かす包括的戦略が最も重要であり、それこそが成長戦略への打開策となります。

■緊急事態宣言の先を見据えて

 これは日本の論争にも同じことがいえます。本項でも再三取り上げていますが、緊急事態宣言は有事ですので、有事対応として少ない医療リソースを最大限に活かすために、一括管理と統合された運営が最も重要な打開策となります。一部の地方自治体で病院の水平分業が実地されていますが、正直に申し上げるとそのような対応は、真っ先に取り組むべき対策であり、未だに一部でしかない点には、行政の“有事意識の低さ” ”批判回避のとりあえず緊急事態宣言”という姿勢が垣間見えてしまいます。

 

 メディアやSNS上で、逼迫に追い込まれた病院の悲惨さとともに、自粛警察による他者批判や陽性者数で一喜一憂する空気感、新生活様式のポジショントークばかりが議論の中心となってしまい、本質的な“リスクを許容する体制作り”や“緊急事態宣言後の社会構築”に議論が進みません。現状では、どの産業、どの階層の人が一番最初に悲鳴を上げるのかババ抜きをしているような状況です。

 

 このような“何を信じるのか”といった宗教論争やポジショントークよりも、緊急事態であることを最大限に利用して、マイナンバーと銀行口座の紐付けや、行政のリモート化、医療や教育のオンライン化など、既得権益への切り込み、国民の感情的抵抗意識への説得、各種規制緩和へと論調を高めてはどうかと思います。また、高齢化に伴う社会保障費対策としてワクチン接種の奨励を行うには絶好の機会です。マイナンバーと銀行口座を紐つけるだけで行政の処理コストは大幅に削減され、脱税防止による税収増加そして給付関連の迅速化が進むように、国民のメリットと国家の成長戦略を考えた政策を組み込めるタイミングにあるということです。

 

 勿論、それほど単純ではありませんが、緊急事態宣言によって国民の私権制限が野党やメディアの反対もなく、これほどまでに成立しているのであれば一層のこと、将来の遺産になる規制緩和や改革を便乗させる方が、延命処置(緊急事態宣言)による国民の犠牲が報われるのではないでしょうか。この点だけを見ると、政権公約を確実に進めている菅首相であることもメリットとなります。



 本日はここまでです。米国の方針と対中政策へ向けた世界の潮流、そして世界の潮流にのって日本の成長戦略を構築するために今、日本国内で本当に議論すべきテーマについて考察を行いました。緊急事態宣言の問題点は、何度となく指摘しましたがそれでも変わることなく実施され続けるのであれば、それを活かして何を遺せるのかが重要となるフェーズに立っています。

 

 今後、終身雇用が崩壊し優秀な人材だけが複数のプロジェクトを請負い、多数の余剰人材が発生し更に、省人化の波と高齢化の波も重なれば、現行の制度設計に歪みが生まれることは想定されます。“その時”が訪れてから議論を始めても遅いことは今回の感染症やデジタル改革で痛いほど身に染みている筈です。私たちは、SNS上の"クソの投げ合い"やメディアの煽りに踊らされず、先を見据えて協調可能な議論に移るタイミングでしょう。

 

 最後に私の大切にしている言葉を添えます(日本語訳は超訳なので英訳も添えます)。 

 

 "愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ"

 

  "Fools say they learn from experience; I prefer to learn from the experience of others."

                             - Otto von Bismarck

 

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[黒川 和嗣(Kazushi Kurokawa)Twitter ]

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Jeyaratnam CaniceusによるPixabayからの画像



-出典・参考-

・2021 Military Strength Ranking

・State of World Population 2020

・フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』国の面積順リスト

・Emissions by Country / EPA(アメリカ合衆国環境保護庁)