"2021年リカバリーの鍵は、脱ゼロサムゲーム"
黒川 和嗣(くろかわ かづし)です。今年は、私にとっても皆さんにとっても感染症一色の一年だったでしょう。年初に“グローバル化からシームレス化へ”と題し、加速度的に変化する時代の中で、世界秩序再編に向けたアップデートを国家も組織も個人も続けなければならない旨を書きましたが、感染症をきっかけとして全世界へと変化の波が広がりました。
私自身も、二つの事業を変更余儀なくされ、極身近な友人としか会うこともありませんでした。他方で、長い自粛や業種転換などを通じて、自分自身のライフスタイルと向き合う時間を確保できることとなり、不幸中の幸いと申し上げましょうか、前向きに楽しく日々を過ごしています。勿論、私の知人にも職を失う方、転職された方、事業を畳む方など必ずしも現状で“幸い”とは言い難い方々もおられますので、複雑なところではあります。
ただ、ここで安易に“ピンチはチャンス”と鼓舞したところで、ピンチはピンチでしかない現実に於いては虚しく響き、ピンチをピンチとして如何に乗り越えるのか、という楽観論ではないリアリズム思考がより重要になってくると考えています。事業でもピポットが可能な資金力や(金融的)信用があれば良いのですが、そうでなければピンチをチャンスに転換することも容易ではありません。
本稿でも繰り返し指摘してきたように、デジタル化による輝かしい生産性の向上やデジタル産業の市場拡大を招来する裏側には、省人化によって余剰人材となる層が必ず発生しますし、仮にこれを“自己責任論”として批判しても何の解決にも結びつかないでしょう。私も個人的には、自走を前提とした自己責任論者ではありますが、組織や社会単位では“如何にしてリソースを余すことなく、自走させるのか”を、社会全体で議論し対策を講じなければ社会が成立しないものです。
これは何も、弱者救済のような感情論ではありません。明確なロジックに基づく国家戦略として、企業の生産性を上げつつ(賃上げ、省人化、DX)、人材リソースの価値を最大化(高齢者の経済参加、現役世代の負担軽減、学び直しの導入、地域子育ての再設計)するために必要な手段なのです。勿論、苦労されている方々を支える側面もありますが、社会全体の成長を目指した戦略として、全ての方々に関係するテーマです。
だからこそ、“自己責任論”で余剰人材を切り捨てるのでもなく、ピンチはチャンスのような一部の方々を取り残す、自己啓発だけではならない筈です。少なくとも、人口減少の負担が増す現役世代が出生率を上げるために、新生児の負担も背負うような社会にしてはならないでしょう。
但し、現役世代の負担も問題ではありますが、高齢者を安易に批判するような、互いの分断を生むゼロサムゲーム(勝敗のある経済理論)に持ち込むことには注意が必要です。多様性とは本来そのようなもので、多様性を確保するために、どちらか一方を排除するような価値観には逆の差別を孕んでしまいます。政策や判断はファクトを重視したリアリズムであって良いでしょうが、多様性を実現するには相手への想像力も大切ではないでしょうか。
最後の最後に、少々息苦しい内容となってしまいましたが、まだまだ苦労をされている方々が多い中、どうしても触れておきたかったので寄稿させて頂きました。
正直、本項を通して繋がっている人数は私の力不足も相まって、極々僅かな繋がりだと思います。しかし、人数とは関係なく、このような“文字の壁”を読んで下さる皆さんと繋がれていることに心より感謝しています。フォロワー数やいいね数なども否定はしませんが、一つ一つの繋がりを大切にすることも、私は好きですね。
末筆になりましたが、本年もありがとうございました。来年もまた“多角的事象観測”の元、社会課題について取り上げたいと思います。大変な年でしたが、一緒にがんばりましょう。
では良いお年を。
【2020年コラム総覧】※単体記事は含まず
「COVID-19 国民感情が引き起こす作用」3月寄稿
「発酵経済と五感的解像度」4月寄稿
「日本よ、目を背けるな」 6月寄稿
第1項 "BLACK LIVES MATTER を対岸から叫ぶ前に"
第4項 "社会変革のための,義務教育トランスフォーメーション"
「ベーシック・インカムの本質と実現性」9月寄稿
第1項 "ベーシック・インカムは実現可能というマインドを醸造しよう"(アゴラ転載版)
第2項 "ベーシック・インカムという成長戦略の世界線で”
「溶解する民主主義。」11月寄稿
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