勾玉日記

黒川 和嗣のブログです。

"米中対立の渦中で『未来の醸造』が希望となる日"

 黒川 和嗣(くろかわ かづし)です。ここ数ヶ月は感染症を中心に日本の社会課題について触れてきましたが、前回("嘘が氾濫する時代に、ファクトで生きる")に続き、今回は対中外交について考察を行いたいと思います。元々、本ブログのスタート記事が "国際社会に於ける反日問題" というテーマでしたので、原点回帰と言ったところでしょうか。

 

 さて、対中強硬路線がアングロ・サクソン諸国(アメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリア)を軸に行われていますが、日本も尖閣諸島での威圧行為などを受け、従来の姿勢を改める必要性に迫られています。特に香港問題やウィグル問題も重なり、世論は左派も含めて“中国脅威論”へと傾いています。しかし、米国が行っているハイテク産業からの中国排除などは実際のところ限界があり、明らかに大統領選に向けたポジショントークが含まれていることも事実なので、安易に追随することには些か疑問が生じます。また、以前から指摘しているように、国際社会の秩序へ意見を表明するのであれば、先ずは秩序形成に対して日本自身が貢献と責任を持たなければなりません。

 

 つまり今、日本で日本人が考え議論すべきは日本自身の課題であり、他国の人権問題でも中国脅威論で民衆を煽ることでもないのです。中国の脅威を正しく理解し、日本のあり方を議論する、そのレイヤーに議論が上がるためにも今回は対中関係のフレームを分析したいと思います。

 

対米防衛線という戦略線

 前回も指摘しましたが、日中関係に於いて地政学的な議論を外すことは出来ません。

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※図1 第一島列島と第二島列島の地理的境界 

 こちらは中国の軍事戦略ラインで"対米防衛線"として設定されている第一列島線(左)と第二列島線(右)です。有事の際(台湾有事を想定)にこの区域に於いて領空、領海から米国を排除、進入阻止を行うための基準区域であり、実際に機雷や潜水艦運用の為に海洋調査などが行われています。日本の”地下資源の為に調査”という報道は正しくありません。

 この列島線は元々、台湾の中国国民党と中国共産党に於ける内戦が火種であり、台湾側を支援した米国を仮想敵としたことで、陸軍中心の軍事体制から海洋中心とした戦略に変わったことに由来します。更には中華人民共和国以前の領土や、朝貢制度下だった地域を自国の領土とし、東半球から米国の脅威を取り除こうとする思想に基づいているのです。図を見るだけでも明らかであるように、中国にとって国家戦略上、沖縄や尖閣諸島、沖ノ鳥島などは必要不可欠な存在なのです。

 

 つまり中国は明確に社会主義国家として西側諸国から離れ、独自の覇権構築を前提としており、日本が軍事予算を減らそうとも、憲法9条を維持しようとも一切の関係なく、軍事展開を進めることとなりますし、米中対立が加速すると当然ながら日本は自国防衛を迫られるのです。

 

■基軸通貨を狙う、デジタル人民元

 前述の"覇権を取る"という文脈で昨今の情勢を俯瞰すると見えてくるものがあります。例えばデジタル人民元ですが、自国の管理だけではなく基軸通貨の米ドルに対抗するためのシステムとなるでしょう。社会主義国家が西側諸国と対等若しくは優位な立場であるには、同等の経済圏を構築する必要があります。この点は、莫大な内需を抱えつつ他国にも経済的依存性を高めることで成功しています。先の国家安全維持法で53カ国からの支持を得た現状が良い証拠でしょう。そうなると次に重要となってくる要素はエコシステム内で用いられる決済手段です。

 

 米国は貿易赤字に関して異を唱えていますが、基軸通貨である恩恵は、他国の経済にも介入できるのですから赤字を消しとばす程大きいものです。それに英国のポンドに次ぐ米ドルと、基軸通貨化は覇権国家の象徴でもあるものです。このことを踏まえると、中国のデジタル人民元が少なくとも同盟国間で用いられる"米国不干渉の基軸通貨"を狙っていることは明白です。

 

■対中政策の結末

 しかし、冒頭でも触れたように "米中どちらかを排除する" という選択は現実的に難しいものです。先日、孔子学院のニュースにも書きましたが大学や企業、人材など至る所に中国資本は介在し、研究開発ではなくてはならない存在でもあります。

 勿論、この点も中国政府の戦略なのですが、現実としてある以上割り切るしかありません。恐らく、本気で中国を恒久的に排除しようとしている国家も代表も存在しないでしょう。落とし所としては、人権問題の透明性や軍拡の国際法順守さえすれば容認する、というところです。実際のところ、対米防衛線の概念は1982年頃には存在していましたが問題視されてきませんでした。

 

 ただ、だとすればこの問題の本質は、中国の覇権に対抗、抑制できる西側諸国の影響力が問われることとなります。国家安全維持法で国連人権理事会の53カ国が中国を支持(反対は27カ国)したような状況ではWHO問題も含め均衡が崩れていくでしょう。それに西側諸国の覇権国家である米国は国連人権理事会を脱退しており、影響力は最早ありません。このような状況下で中国と隣接する日本は、従来通り米国を笠に着て国際社会へ意見表明を続けたとしても、実利にも繋がりませんし訴求効果もないでしょう。

 

■日本が進むべき道筋

 中国との分断も難しく、中国の民主化などは夢物語でしかなく、更には米国の覇権も失われつつある中、日本は日本として独自に東アジア地域の秩序形成に貢献し、アングロ・サクソン諸国及び周辺各国とのアライアンスを構築するしかありません。

 特に、大省人化時代とはいえ人口減少により、内需の経済循環が低下する昨今、再投資や人材確保の側面を考えても、アライアンスは必要不可欠な成長戦略となるでしょう。これは感染症後のニューノーマルでも、長期間の鎖国が現実的でないので変わることはありません。 

 

 この観点では先日、河野防衛大臣が示唆した"ファイブ・アイズへの加入(機密共有「ファイブ・アイズ」と連携意欲 河野防衛相)"はとても重要な文脈です。GDP第3位の日本と、伝統的な覇権国家である西洋諸国との連携。あとは、日本自身による安全保障の整備が行われると、東アジア地域のアライアンスへより現実味が帯びてくるでしょう。

  詳細は以前のコラム "国際社会に於ける反日問題"で考察しましたのでここでは割愛しますが、スパイ防止法や知的財産権の保護、個人情報保護法などは喫緊の課題です。そして、シビリアン・コントロールの側面でも軍法会議制度の設置は欠かせないでしょう。安全保障問題というと右派も左派も軍拡論に陥りますが、一番問題(危険)である状態は、現行の憲法のように曖昧で不確かな環境で軍事力を保有することに他なりません。例えば近隣の諸外国が武装組織を保有していたとして、その組織を定義する法律が曖昧で”解釈”に委ねられているとすれば、信用できるでしょうか。シビリアン・コントロールとは本来そういうものであり、軍事力を奪い曖昧な運用を行うものではありません。 

 また、第二次世界大戦でもメディアの煽動報道が影響したと議論されるように、このシビリアン・コントロールの側面ではジャーナリズムの在り方が重要な要素となります。但し日本の世界報道自由度ランキングは現在66位(全180カ国)と中途半端な位置付けの上、感染症報道を観ていると如何せん問題を感じざるを得ない現状です。

 

■“未来への醸造”が日本の希望となる

 最後に、日本の未来への醸造について触れたいと思います。諸外国とアライアンスの構築といっても、現在の日本が投資の世界線で優良物件でないことも事実としてあります。人口減少による成長鈍化や利権や規制による外資の参入障壁、ICT技術の未成熟さ、そして語学的なハードルなど、要因は数多く、グローバルな資本主義社会にとってクリティカルな課題ばかりです。しかし、そんな中でも強みとなる要素が1点あります。それは少子高齢化社会です。

 日本は先進各国の中でも最も早い、少子高齢化先進国でもあり、過渡期ではネガティブな作用を及ぼす反面、少子高齢化社会を技術革新や制度設計により乗り越えることが出来れば、アライアンスを組む諸外国へ見本として”価値”を提供できるのです。果たして、それがベーシックインカムなのか、ロボティクスなのか、予防医療なのか、移民政策なのか、選挙制度の改革なのかは分かりませんが、今から圧倒的なアドバンテージのある成長産業として市場を構築し、技術や制度を醸造しておくだけの価値があるでしょう。

 

 資本主義や民主主義が行き当たる社会課題に最も早く到達する日本は、西側諸国の”限界”となるのか”指標”となるのか、今が分かれ道にあります。だからこそ私達は、過度な中国脅威論や過度な米中依存を捨てて、今から未来を醸造しておくのです。



 本日はここまでです。昨今の議論は米国に付くか,中国に付くかの議論や,香港問題やウィグルなど人権だけを主張してしまっています。しかし、厳しい表現ではありますが,何事も”責任”と”貢献”なくして主張を通せるほど,世界は甘くありません。

 日本は日本人として、日本の課題に先ずは向き合い、その先に社会秩序への議論が存在するのです。そして、その課題解決と向き合うことで、日本の未来はきっと明るく”日が昇”のではないでしょうか。

 

 

「国際社会に於ける反日問題」

第一項 ”前提の考察”

第二項 ”西洋諸国から見た戦後日本”

第三項 ”ロビー活動と戦後処理”

第四項 ”国家相互依存性”

第五項 ”個別的相互依存性”

第六項 ”更なる課題”

 

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Photo by wu yi on Unsplash


–引用・参照–

※図1 Office of the Secretary of Defense-

  ANNUAL REPORT TO CONGRESS Military Power of the People’s Republic of China 2006

  Military Power of the People’s Republic of China

  Chapter Three-China’s Military Strategy and Doctrine

  The Strategic Direction of PLA Modernization

  Figure 2. Geographic Boundaries of the First and Second Island Chains -P15

 

※2 Wikipedia-第一列島線